足利義昭

室町時代のまとめ・その他記事

足利尊氏から足利義昭まで室町幕府の将軍一覧

メジャーどころの足利義満や、ちょっとマイナーなクジ引きで将軍になった足利義教など、足利尊氏から始まる室町幕府の将軍たちを一人ひとりご紹介しています。
その他考察

敗北していった戦国大名たちの目的とは

戦国時代は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三英傑リレーによって幕を閉じていますが、この記事では敗北していった大名の目的や負けた理由をご説明しています。
戦国時代のまとめ・その他記事

戦国時代(室町幕府滅亡まで)のまとめ記事

応仁の乱以降に起きた「明応の政変」や「天文法華の乱」、その後の三好長慶や織田信長が台頭する場面、そして室町幕府滅亡までをまとめています。
その他考察

明智光秀の謀反の理由

天下統一まで後少し、というところまで漕ぎ着けていた織田信長を明智光秀が謀反を起こした本能寺の変の理由については、研究が進んだ現代でも謎のままとなっています。怨恨説や野望説、また羽柴秀吉や徳川家康が裏で糸を引いていた黒幕説など、歴史的な事実が混ぜ込まれた様々な説が提唱されています。
戦国時代の時代史

戦国時代8 室町幕府の滅亡 | 織田信長による足利義昭追放

今回の記事では、室町幕府15代将軍足利義昭が織田信長によって京都から追放され、250年近く存続した室町幕府がついに滅亡する場面をご説明いたします。 すでに織田信長に見切りをつけていた足利義昭は、信長を倒して京都へ上洛し、義昭自身を支えてくれる勢力を探していました。その声に呼応して出撃した武田信玄は徳川家康との戦いに勝利しますが、病に倒れ亡くなってしまいます。武田信玄が亡くなったことにより東の脅威がなくなった信長は、安心して将軍義昭の処分に乗り出すことになります。
戦国時代の時代史

戦国時代7 信長包囲網 | 織田家の周りは敵だらけ

今回の記事では、浅井家朝倉家の連合軍を倒して勢いに乗る織田信長に対して、諸大名が連合を組んで立ち向かう場面をご説明いたします。 織田信長が上洛を果たした際に敗れた三好三人衆は、三好氏の本拠地である四国から京都奪還の機会を伺っていました。単体で織田信長と戦争となっては勝ち目がない程の差ができてしまっていたため、三好三人衆は織田家を内側から切り崩す作戦に出ます。
戦国時代の時代史

戦国時代6 姉川の戦い | 浅井・朝倉と織田・徳川連合軍の激突

前回の記事では非常に親密な関係を保っていた織田信長と足利義昭ですが、今回の記事では段々と敵対関係となっていきます。自分自身の利益を拡大するためには裏切る手を組む相手を変えることや他者の権利を侵食していくのは当然、といった世相はいかにも戦国時代といった感があります。 織田信長は将軍との関係が悪化していく中で並行して、妹・お市の方の婿である浅井長政や朝倉義景と交戦状態に入り、金ヶ崎の戦いや姉川の戦いで激突します。
戦国時代の時代史

戦国時代5 織田信長の京都上洛 | 足利義昭を将軍にするために

今回の記事では近畿地方で栄華を誇った三好家が長慶死後に分裂し、将軍の座をめぐるゴタゴタの中で織田信長が台頭していく場面をご説明します。 近畿一円に覇を唱えた三好長慶でしたが、弟である十河一存(そごうかずなが)が病死した頃から体調を崩すようになっていました。さらに長慶の長男・三好義興が22歳の若さで病死してしまい、期待していた跡継ぎを失うことになります。 その後13代将軍足利義輝が永禄の変で暗殺されると、義輝の弟・足利義昭は自身が将軍となるために力を貸してくれる味方探しを始めます。その味方として白羽の矢が立った人物が、当時美濃国を制圧した織田信長です。