飛鳥時代

その他考察

2人の天子がいた聖徳太子の国書 | 飛鳥時代の日本外交・遣隋使

飛鳥時代に聖徳太子によって5回も遣隋使が派遣されていますが、第一回は記録から抹消、第二回は小野妹子が煬帝に怒られるなど、様々な失敗を経て国交が続いています。
飛鳥時代の時代史

翼を得た虎は壬申の乱に勝利する | 大海人皇子が起こした古代史上最大のクーデター

中大兄皇子は天智天皇として即位した後も大化の改新を推進しましたが、その死後に大海人皇子は大友皇子との戦い「壬申の乱」に勝利、天武天皇として即位しています。
用語集

豪族の時代に終止符を打った大化の改新

中大兄皇子と中臣鎌足は乙巳の変で蘇我氏を倒し、唐の律令制をモデルとした天皇主体の行政改革「大化の改新」に取り組んでいます。
飛鳥時代の人物録

蘇我蝦夷と蘇我入鹿の専横を食い止めろ! | 皇族復活の狼煙となった乙巳の変

天皇の真似事をし続けた蘇我蝦夷、そして山背大兄王を殺害してしまった蘇我入鹿は、乙巳の変で中臣鎌足と中大兄皇子に誅殺されています。
用語集

豪族とは地方の支配権を持つ一族です

飛鳥時代までの朝廷は土地持ちの豪族達の集合体でしたが、律令制の実施によって土地が奪われ貴族化しています。
飛鳥時代の人物録

蘇我馬子は仏教と血縁と暴力を駆使して盤石を目指す

父・蘇我稲目から地位を引き継いだ蘇我馬子は、物部守屋との崇仏論争を制し、聖徳太子や推古天皇と一時代を築き上げています。
飛鳥時代の人物録

崇仏論争で物部尾輿と争った蘇我氏興隆の祖・蘇我稲目

蘇我稲目は娘を天皇の妻としたことで急成長を遂げ、物部尾輿と崇仏論争で対立しますが決着がつかぬまま両者が病没、勝負は次の世代に持ち越されています。
その他考察

日本の国号とアイデンティティを作った人物・聖徳太子

「十七条憲法」や「冠位十二階」を制定した聖徳太子ですが、彼が遣隋使・小野妹子に持たせた国書の一文「日出る処の天子」から「日本」という国号が生まれています。
飛鳥時代の人物録

聖徳太子とは何者だったのか?

聖徳太子が成し遂げたとされる業績は非常に大きなものですが、同時にどういった人物だったかが現代でも不明のままとなっています。蘇我馬子と同一人物という説や人としての理想像として形作られた虚構の人物説など、いくつかご紹介しております。