戦国時代のまとめ・その他記事

その他考察

織田信長に謀反した男達とその理由

松永久秀と荒木村重、そして本能寺の変を起こした明智光秀、以上の3人が織田信長に謀反を起こした経緯や理由についてご紹介しています。
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敗北していった戦国大名たちの目的とは

戦国時代は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三英傑リレーによって幕を閉じていますが、この記事では敗北していった大名の目的や負けた理由をご説明しています。
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戦国時代(室町幕府滅亡まで)のまとめ記事

応仁の乱以降に起きた「明応の政変」や「天文法華の乱」、その後の三好長慶や織田信長が台頭する場面、そして室町幕府滅亡までをまとめています。
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鳴かないホトトギスはどうしますか? | 戦国の三英傑・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康

戦国の三英傑と呼ばれる織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人を、例のホトトギスの歌を交えながらざっくりとご紹介しています。
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北条家五家老衆の証・北条五色備

小田原北条氏の五家老はそれぞれ色の付いた旗や甲冑を装備させて戦場に臨んでおり、この部隊を総称して北条五色備と呼ばれています。地黄八幡・北条綱成を筆頭に、黒備えの多目元忠、赤備えの北条綱高・白備えの笠原康勝及び清水康英、そして第二次国府台合戦で戦った青備えの富永直勝をご紹介しています。
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いつだってギリギリ!徳川家康の三大危機

徳川家康は生涯の中でいくつものピンチを迎える破天荒な人生を歩んでいますが、その中でも特に危険度が高かった事件は三大危機と呼ばれています。三河一向一揆、三方ヶ原の戦い、伊賀越えの3つの事件を一つひとつご紹介いたします。
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天下三名槍 | 日本号・蜻蛉切・御手杵について

今回の記事では、母里太兵衛の日本号・本多忠勝の蜻蛉切・結城秀康の御手杵(おてぎね)、という3つの名槍についてご紹介いたします。 3本の槍はどれも室町時代から戦国時代に作られていますが、天下三名槍という言葉自体は江戸時代に入って使われ始めています。「西の日本号、東の御手杵」と並び称されていたところにいつの間にか蜻蛉切が入り、天下三名槍と呼ばれるようになっています。
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火縄銃の日本伝来と普及 | 2挺から世界一の鉄砲大国に

ポルトガル人によって種子島にもたらされた鉄砲は、領主・種子島時尭の命令で刀鍛冶が2年がかりで複製に成功すると、紀伊国や近江国など鉄砲生産の中心となった地域を経由して瞬く間に日本全土へ普及していきます。鉄砲が伝来してから30年も経つ頃には織田信長は3千を越える鉄砲隊で長篠の戦いに勝ち、そして伝来から50年後には日本が世界一の鉄砲保有国となる程の急激な発展を遂げています。
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戦国時代 武田信玄と織田信長の遷りゆく関係

武田信玄としては美濃の国主である斎藤家からの防衛のため、織田信長は美濃国を攻撃するため、織田家と武田家は双方のメリットのため身を寄せ合うように同盟を結んでいます。斎藤家を共通の敵と見なした「敵の敵は味方」という関係ですが、織田信長はその後も涙ぐましい努力で信玄との関係を維持しています。
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織田信長が比叡山の焼き討ちに至るまで

今回の記事では、織田信長が1571年(元亀2年)に比叡山延暦寺を焼き討ちし、滅ぼすに至った理由や経過についてご説明いたします。 畏れ多く有り難い存在であるはずの寺社ですが、人々の崇拝の対象という表の顔だけでなく、僧兵による暴力に支えられた経済的な活動を行ってもいます。その経済的な部分で信長とぶつかってしまったため、結果的に比叡山を丸ごと焼き討ちされるという事件が起きています。