関白

用語集

上皇を中心とする政治体制は院政と呼ばれます

平安後期に後三条天皇が即位すると、藤原北家主導の摂関政治が終わりを告げ、白河上皇が始めた院政が鎌倉時代初期まで続いています。
平安時代の時代史

平安時代4・藤原基経の関白就任と菅原道真が左遷された昌泰の変

日本初の関白・藤原基経が起こした阿衡事件をキッカケに菅原道真が台頭し、遣唐使を廃止するなど数々の功績を挙げていますが、昌泰の変で太宰府に左遷されています。
安土桃山時代のまとめ・その他記事

豊臣秀頼と豊臣政権を支えるべくして選ばれた「はず」の男たち・五大老

秀次事件で不安定になった豊臣政権を支えるため、そして豊臣秀吉の嫡男・豊臣秀頼のため、徳川家康・前田利家を筆頭格として、毛利輝元・上杉景勝・宇喜多秀家が五大老に選ばれています。
その他考察

満つる月は長きに渡って輝き続ける | 藤原道長の豆知識・エピソード集

3人の娘達を天皇の后にし、また自らは摂政として大権を行使した藤原道長の、紫式部の源氏物語制作の支援など様々なエピソードをご紹介します。
用語集

関白とは成人した天皇を支える役職

なんらかの事情によって政務をとれなくなった天皇の役割を代行する権限を持つ摂政とは異なり、成人した後の天皇を補佐するための役職を指します。初代である藤原基経など関白は藤原北家の独占状態でしたが、平安後期以降は藤原北家が分裂した五摂家の持ち回りとなり、戦国末期には例外的に豊臣秀吉が就任しています。
安土桃山時代の時代史

天下統一までの道のり | 豊臣秀吉の九州征伐と小田原征伐

豊臣秀吉は小牧・長久手の戦いで徳川家康に苦しめられましたが、なんとか織田信雄との和睦を成立させることで終戦を迎えています。関白に就任した秀吉は、島津義久打倒の九州征伐と北条氏直打倒の小田原征伐に乗り出します。