豊臣秀吉

その他考察

日本近世の貨幣事情

江戸時代という日本近世の貨幣制度は、織豊政権に引き続き金・銀・銅の三貨制度が用いられています。3つの金属によって作られた貨幣はそれぞれ独立した価値を持ち、時期や地域によって両替相場は大きく変動しており、また幕末には海外の影響もあり激しいインフレを招いています。
安土桃山時代

乱暴・愚痴っぽい・酒癖最悪! | でも涙もろくて憎めない男・福島正則のエピソード集

福島正則という人物は子供時代の刺殺事件を始めとして、ただの迷惑では済まない多くの事件を引き起こしています。また酒癖も非常に悪く、家臣に切腹を迫ったり、名槍・日本号を取られるといった失態もありますが、主筋となる織田秀信を庇うなど人情のある一面も見せています。
安土桃山時代

桶屋の息子から50万石の大大名へ・福島正則

豊臣秀吉とイトコ関係にあった福島正則は、小姓として取り立てられた後は順調すぎるほどの出世を重ね、広島藩55万石の大大名へと成長しています。ですが大坂の陣後の台風によって広島城が破損し、傷んだ箇所を修繕すると違反として摘発され減封、さらに本人の死とともに残りの領土も全て失っています。
安土桃山時代

豊臣秀吉は大明帝国征服を目指す | 文禄の役と慶長の役

天下統一という大事業を成し遂げた豊臣秀吉は、小田原征伐が済んで2年後には朝鮮出兵に取り掛かっています。順調に侵攻が進んでいた文禄の役は日本軍・明軍ともに陥った食糧難によって講和が結ばれ、2度目となる慶長の役は秀吉の死によって撤退、明国征服という途方も無い野望は夢のまま終わっています。
用語集

関白とは成人した天皇を支える役職

なんらかの事情によって政務をとれなくなった天皇の役割を代行する権限を持つ摂政とは異なり、成人した後の天皇を補佐するための役職を指します。初代である藤原基経など関白は藤原北家の独占状態でしたが、平安後期以降は藤原北家が分裂した五摂家の持ち回りとなり、戦国末期には例外的に豊臣秀吉が就任しています。
安土桃山時代

豊臣秀吉はなぜ朝鮮に出兵したか?

なぜ秀吉が朝鮮出兵を行ったかという動機や理由については、研究が進んだ現代の歴史家の間でも議論の的となっています。息子や弟を失った悲しみから出兵に至ったという説や、新たな領土を獲得する必要があった説など、考察を混じえながらご紹介いたします。
安土桃山時代

天下統一までの道のり | 豊臣秀吉の九州征伐と小田原征伐

豊臣秀吉は小牧・長久手の戦いで徳川家康に苦しめられましたが、なんとか織田信雄との和睦を成立させることで終戦を迎えています。関白に就任した秀吉は、島津義久打倒の九州征伐と北条氏直打倒の小田原征伐に乗り出します。
その他考察

下剋上が当たり前!戦国三大梟雄

三大梟雄という謎の言葉は、そもそも小瀬甫庵という人物が著した「太閤記」という本の中で、悪人として扱われる3人の人物を指して使われています。この本の中で悪人とされる、「松永久秀・斎藤道三・宇喜多直家」の3人をご紹介いたします。
安土桃山時代

嘘つき・醜悪・女たらし! | 天下人・豊臣秀吉の豆知識エピソード

身分制度が若干崩壊していた戦国末期という時代だったにしろ、豊臣秀吉は百姓という身分から成り上がり、武力による天下統一という大事業を成し遂げています。その成り上がりストーリーは豊臣家を踏み潰して成立した江戸幕府の統治下でも人気が高く、現代に至っても様々な創作物のテーマとなっています。そんな人気者の秀吉にまつわる様々なエピソードや豆知識を、有名なものからマイナーなものまでいくつかご紹介したいと思います。
用語集

石高とは土地の生産力を表す評価数値です

豊臣秀吉が行った「太閤検地」以降、土地から得られる収入量を「石(こく)」という単位で表したものを指します。石高制は太閤検地から江戸時代まで使われており、明治維新の「地租改正」で完全に廃れています。実際に使用されたのは300年弱という短期間の制度ではありますが、土地面積ではなく「生産量」に着目しており、当時としてはかなり近代的な手法が採られています。