その他考察

時代をまたいだ記事や、考察記事を掲載しております。

用語集

神道とは日本独自の教義を持たない宗教

神道は具体的な教義を持っておらず、また誰が創始したかもわかっておらず、日本各地の民間信仰をひとまとめにしたものを指します。明治時代に入ると神道は国家の下に統制され、戦後日本国憲法によって政府が宗教に関与できなくなると、神社本庁という民間の宗教法人によって統括されています。
戦国時代

いつだってギリギリ!徳川家康の三大危機

徳川家康は生涯の中でいくつものピンチを迎える破天荒な人生を歩んでいますが、その中でも特に危険度が高かった事件は三大危機と呼ばれています。三河一向一揆、三方ヶ原の戦い、伊賀越えの3つの事件を一つひとつご紹介いたします。
安土桃山時代

豊臣秀吉はなぜ朝鮮に出兵したか?

なぜ秀吉が朝鮮出兵を行ったかという動機や理由については、研究が進んだ現代の歴史家の間でも議論の的となっています。息子や弟を失った悲しみから出兵に至ったという説や、新たな領土を獲得する必要があった説など、考察を混じえながらご紹介いたします。
その他考察

下剋上が当たり前!戦国三大梟雄

三大梟雄という謎の言葉は、そもそも小瀬甫庵という人物が著した「太閤記」という本の中で、悪人として扱われる3人の人物を指して使われています。この本の中で悪人とされる、「松永久秀・斎藤道三・宇喜多直家」の3人をご紹介いたします。
平安時代

第六天魔王となりて | 崇徳天皇が怨霊になってしまった理由

日本三大怨霊の一人とされる崇徳上皇は、平安時代の末期に過酷な運命を背負って生まれています。父とされていた鳥羽上皇が実父ではないという疑惑や、謀反人と疑われたことで起こした保元の乱の後に、配流された讃岐国で天皇家を呪う壮絶な言葉を残して亡くなります。
戦国時代

戦国最強の義将・上杉謙信は女性だったのか? | 上杉謙信女性説

戦国時代に武田信玄と並び、最強国の一角として日本全国に名を轟かせていた上杉謙信でしたが、男性ではなく女性だったという異説が提唱されています。 八切止夫氏が唱える上杉謙信女性説を始めとして、女であったという根拠をご説明いたします。
安土桃山時代

明智光秀の謀反の理由

天下統一まで後少し、というところまで漕ぎ着けていた織田信長を明智光秀が謀反を起こした本能寺の変の理由については、研究が進んだ現代でも謎のままとなっています。怨恨説や野望説、また羽柴秀吉や徳川家康が裏で糸を引いていた黒幕説など、歴史的な事実が混ぜ込まれた様々な説が提唱されています。
戦国時代

天下三名槍 | 日本号・蜻蛉切・御手杵について

今回の記事では、母里太兵衛の日本号・本多忠勝の蜻蛉切・結城秀康の御手杵(おてぎね)、という3つの名槍についてご紹介いたします。 3本の槍はどれも室町時代から戦国時代に作られていますが、天下三名槍という言葉自体は江戸時代に入って使われ始めています。「西の日本号、東の御手杵」と並び称されていたところにいつの間にか蜻蛉切が入り、天下三名槍と呼ばれるようになっています。
その他考察

日本中世までの騎馬隊事情

古事記にも馬に関する記述があるなど、日本でも古代から馬は生活や軍事的に利用されていました。ハニワにも馬に鞍などが取り付けられているものが多く、また馬装品そのものが出土するなど、古墳が建造される頃にはすでに騎馬隊の活用がかなり広く普及していました。ここで生産された馬は騎乗馬として騎馬隊に用いられる他、情報の通信手段や農耕用にも使われています。
その他考察

氏姓制度について | 「氏」の後には「の」を入れて読む

氏姓制度は、日本の6世紀頃の大和政権初期から段々と出来上がっていき、そして平安時代の初期にはすでに機能を失い、明治時代に平民が苗字を名乗ることを許されたことで完全に消滅します。そのため現代に生きる日本人にとっては、全く馴染みがなく理解し難い制度となっています。 古代の日本では「氏」に対して「姓」という称号を与えることで、氏族のランク付けと特徴付を行っていました。この氏姓制度に天武天皇が大幅にテコ入れを行い、「八色の姓」を制定しますが、この制度が作られたことで氏姓制度は一気に崩壊し始めることになります。