承久の乱

鎌倉時代

源頼朝の意志を継ぐ者・北条義時

源頼朝の挙兵から従った北条義時は、平氏打倒に貢献しています。数々の政争をくぐり抜けた後、総指揮官として承久の乱を勝利に導いています。
用語集

御家人とは鎌倉殿と主従関係を結んだ武士

もともとあった「家人」という言葉に鎌倉殿への敬意を表す「御」という接頭語が付き、「御家人」という鎌倉時代ならではの単語が生まれています。この単語は将軍と直接「御恩と奉公」の関係にある武士を意味しており、鎌倉中期以降は多くの優遇を得た特権階級ともなっています。
用語集

執権とは北条得宗家が独占していた鎌倉殿を補佐し幕政を統括する役職

源頼朝の時代には鎌倉幕府の政治は将軍自ら執り行っていましたが、2代将軍・源頼家の頃には十三人の合議制で政務が進められるようになっています。そして12歳の源実朝が将軍になると北条時政によって「執権」が設けられ、北条義時以降は北条得宗家によって代々引き継がれています。
鎌倉時代

武士の世を形作った男・大江広元

朝廷における下級役人の家柄・中原氏として生まれた大江広元は、兄である中原親能と源頼朝の友人関係により御家人になっています。国地頭の任命権を得るという進言など多方面で活躍しており、源頼家の将軍就任後には鎌倉殿の13人にも含まれ、北条義時らと協調しながら幕政をリードし続けています。