尚泰久

琉球の人物録

尚徳王の王府再興への挑戦と最期

「球陽」という第二尚氏王統の頃に編纂された歴史書では、尚徳王という第一尚氏王統最期の王は手が付けられない暴虐の王として描かれています。ですが経済復興を志し領土拡張にも力を注いだ記録も残っており、同じ歴史書の中でも別人のことを書いてるのかと思える程食い違いがあります。
琉球の人物録

名君と暴君の跡を継ぐ者 | 尚円金丸物語②

尚泰久王に見出された金丸は、恩人の死後には息子となる尚徳王にも続けて仕えています。ですが若き尚徳王は重臣の意見を蔑ろにして悪政を布いたため金丸は隠遁、後にクーデターが起きて王が不在となると尚円金丸として即位し、400年にも渡って続く第二尚氏王統を創始しています。
琉球の人物録

琉球の農民から国王へ | 尚円金丸物語①

第二尚氏王統の創始者となる尚円王こと金丸は、沖縄本島の北西部に浮かぶ伊是名島の農民の子として生まれています。天災や人災で島を追われた金丸は沖縄本島に逃れ、そこで時の琉球王国国王・尚泰久と出会い、各職を歴任しながら出世の道をひた走ります。
琉球の人物録

琉球王国再興を託された男・尚泰久王の事績

越来王子という立場から琉球王朝の5代目の王に即位した尚泰久は貿易を大きく発展させ、後に大交易時代と呼ばれる経済発展期を迎えています。ですがすでにガタついていた琉球王府は立ち直ることなく、護佐丸・阿麻和利の乱といった反乱もあり、低空飛行を余儀なくされています。
琉球の通史

第一尚氏王統の終焉

尚巴志によって打ち立てられた第一尚氏王統は、7代目の国王・尚徳王の謎の死によって終焉を迎えています。短期の政権交代を繰り返し、疲弊した琉球王朝は新たな国王として農民出身の金丸が国王に即位して尚円王と名乗り、長きに渡って琉球を統治する第二尚氏王統が始まっています。
琉球の人物録

琉球王府を揺るがした反乱 | 護佐丸・阿麻和利の乱

尚巴志以降の琉球王国はいまだ盤石な態勢が整っておらず、数年おきに王座の主が変わる不安定な状況となっていました。後継者争いの結果即位した尚泰久は、王座を狙う阿麻和利を迎え撃ち、忠臣・護佐丸を失いながらも鬼大城のトリッキーな活躍で辛くも首里城防衛に成功します。
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