後醍醐天皇

用語集

悪党とは朝廷や幕府に反抗した個人・集団です

元々は律令制からあぶれた人々を指していた悪党という単語ですが、平安時代の後期からは荘園支配を揺るがした人を指して使われています。また後醍醐天皇に味方して鎌倉幕府滅亡の一因を作った楠木正成も、幕府からは悪党として認定されています。
用語集

流罪とは罪人を遠方に追放する刑罰です

明治時代になくなっているため現代に生きる我々にはピンときませんが、死罪がなくなった平安時代以降は流罪という刑罰が最高刑となっていました。都市部から隔離し不便を味合わせた上で緩慢な死を与えるこの刑罰は、菅原道真や崇徳上皇、源頼朝や後醍醐天皇など多くの日本史上の有名人が受けています。
室町時代

室町時代 足利尊氏という人物後編

後醍醐天皇を無事追い払った足利尊氏でしたが、この頃になぜかまた隠居願望が芽生えてきます。逃げ回った挙げ句に九州で再起し、ドラマチックな勝利を収めて栄華はこれから、といったところでの隠居したい発言です。
室町時代

室町時代 足利尊氏という人物前編

武士として戦い続けた人生を送り、後醍醐天皇を倒して室町幕府を樹立するという偉業を成し遂げた足利尊氏でしたが、和歌を詠むような文化的な側面を持つ人でもありました。尊氏の生涯を一通り見てみると、戦上手で部下からの信望も厚く、武士としての慣習を重んじ武士達の気持ちを汲み取るという有能な上司の一面がありながら、たびたび全部嫌になって隠居するという妙な人間臭さが垣間見えます。
室町時代

室町時代1 室町幕府ができるまで | 足利尊氏流浪の果てに

鎌倉幕府が滅んだ後、後醍醐天皇による朝廷の中央集権体制が始まります。 この期間を室町時代には含まずに「南北朝時代」とするのが一般的ですが、便宜上室町時代における最初の場面とさせていただいています。かなり短いですからね。
鎌倉時代

鎌倉時代6 鎌倉幕府の終わり | 後醍醐天皇は諦めない

今回の記事では、幕府による元寇の経済的な打撃の回復策と、幕府が滅亡していくまでをご説明したいと思います。 元寇で戦った御家人達は、移動から装備品などを全て自費で賄っていました。 このこと自体はごく普通のことで、御家人達も自費で参戦すること自体は何の疑問もなかったと思います。ですが問題は、戦争に参加して十分な報奨が得られなかったことですね。