両細川の乱

戦国時代

朝倉家3代を支え続けた大黒柱・朝倉宗滴

朝倉家の当主の子として生まれた朝倉宗滴は、主君が3回代替わりしても補佐を続けています。声望を高めた九頭竜川の戦いを始めとする軍事面だけでなく、外交や情報活動・内政など、多岐に渡って辣腕を振るう大黒柱として多大な功績を残しています。
戦国時代

戦国時代2 両細川の乱 | 細川政元の後継者を巡る氏族内の争い

今回の記事では、明応の政変でクーデターを起こした細川政元が幕府の主導権を握ったその後、細川氏族内の対立から内戦に至るまでをご説明します。 細川政元によって京都内で幽閉されていた義稙でしたが、その後京都からの脱走を成功させ、越前(現在の福井県)に逃げ込みます。そして元将軍の肩書を駆使して味方を募り、京都へのカムバックを目指して挙兵します。