古代から続いた名前のルール | 諱と通称について

その他考察

中国文化圏に根付いた「諱」と「通称」

本名を呼んではいけない「諱(いみな)」という慣習

戦国時代の有名人・織田信長を例とすると、「織田」が苗字で「信長」が名前、とするのが普通ですよね。このことは当時としても同じではあるのですが、当時の慣習として名前の部分は「諱(いみな)」という扱いになり、基本的に口に出して呼ぶのは無礼とされていました。いきなり何を言っているか分からない、といった気持ちが胸に湧いてくるかもしれませんが、このことは古代より中国の影響を受けてきた国々では割と一般的だったりします。

中国文化圏では標準的

紀元後200年頃の中国は「魏・呉・蜀」による三国時代を迎えていますが、この頃の戦乱を描いた有名な物語として三国志演義があります。その主人公として「劉備玄徳(りゅうびげんとく)」という人物がいますが、この名前は「劉」が苗字で「備」が名前、そして「玄徳」の部分は字(あざな)という扱いになります。

蜀の初代皇帝(2代で終わり)の劉備玄徳

ですが古代中国にもしっかりと「諱」の慣習があったため、本人の前で「劉備さーん」なんて呼んだ日には、その場でバッサリ切り捨てられても文句は言えません。この謎の慣習は古代だけでなく近世に入った頃まで続いており、日本で言うところ江戸時代頃まで常識だったりします。

名前には魂が宿る「言霊思想」

なぜそんな慣習が続いてきたかと言えば、その根底には「言霊思想」という概念があります。古代の時代では言葉が持つ力が現代以上に重要視されており、良い言葉を発すれば良いことが起き、逆に悪い言葉を発すれば悪いことが起きると考えられていました。

また本名を絡めて命令された場合には「人格を支配される」とも考えられていたようで、つまり本名を呼ぶこと自体が攻撃とほぼ同義だった訳です。とは言え領主や有名人の本名は当然みんなに知られてはいたのですが、それでも人々は「相手の名前を直接呼ばない」という配慮をしていました。

アジア以外でも同様の考え方が存在

この「言霊思想」というのは日本や中国文化圏に限ったことではなく、中東やヨーロッパ圏でも結構見られる概念です。現代では悪魔祓い物の映画も色々とありますが、悪魔祓いの儀式の段取りは大体「祈りの言葉を唱える→憑いている悪魔の名前を聞き出す→命令して追い出す」だったりします。

つまりただ「出て行け!」と言うだけでは効果がないのですが、名前を呼んだ上であれば命令して追い出せるという前提がある訳です。こういった考え方は世界各国で意外な程共通しており、日本独自の宗教「神道」においても、「祝詞(のりと)」というめでたい言葉で幸福を呼び込むという考え方があります。

「祝いの詞(言葉)」と書いて「祝詞」、明らかにめでたいです

本名を呼ばずにその人を表す「通称」

三国志の時代は「字」が通称に

そんなうっかり他人の本名を呼ぶことができない時代ということで、特定の個人を表す時には「通称」が用いられていました。先程の「劉備玄徳」の例でいけば「玄徳」の部分は「字(あざな)」という「通称」に当たる部分であるため、親しい人であれば気軽に「玄徳さーん」とか呼んでもOKだった訳です。

日本の場合は主に官職名・役職名が「通称」に

では次に、「字」を付ける慣習がない日本についてです。今度は織田信長を例として挙げてみますが、この「織田信長」という名前の中には「通称」になりそうな部分は見当たりませんよね。ですが日本では役職名や官職名をそのまま「通称」として使う事が多かったため、昇進やら降格する度に「通称」が変化していました。例に挙げた織田信長も領土拡張の度に昇進していたため、「織田弾正忠(だんじょうのちゅう)」という時期もあれば、「右大臣様」として記録に残された時期もあったりします。

ちなみに現代でも「どこどこの社長さん」やら「〇〇の店長さん」なんて言い方が普通にされますが、意外と古代から続く「通称」の名残なのかもしれませんね。今では制度として「諱」は完全に消失していますが、慣習だけが我々日本人のDNAに刻まれている可能性もちょっぴりあるかなとは思います。

時代劇であるあるの「様」付きの名指し

時代劇ドラマなんかでたまに「信長様」なんて呼んでいたりしますが、実際にそんなことを言ってしまった日にはその場での打首が確定でしょう。テレビや映画はあくまでエンターテイメントを提供しているだけなので、歴史的な事実をそのまま反映している訳ではありません。むしろ途中から見始めた人にもできる限り誰が誰だか分かりやすいよう、あえて名指しでの人物呼称をさせているものと思われます。それ程に「諱は口に出さない」ことは当たり前になっていたのですが、うっかり言ってしまったことで事件に発展した例もあったりします。

これは鎌倉時代の話ではあるのですが、2代目の鎌倉将軍源頼家が公の場で御家人の「諱」を呼んでしまい、大騒ぎになったという記録が残されています。将軍という幕府のトップであったにも関わらず、明らかに下の身分である御家人をも本名で呼ぶことは許されなかった訳ですね。結局この事件は本名を呼ばれた御家人が涙を飲む形で終わっていますが、「諱」を避けて呼ぶことはこの時点ですでに常識の一環だったようです。

一般民衆における名前ルール

「諱」と「通称」がごっちゃごちゃ

お偉いさんの場合には官職名で呼べばいいとして、じゃあ立派な官職を持たない一般民衆はどうだったかと言えば、こちらは結構アヤフヤだったようです。これは地域や家、また時代によってだいぶ事情が異なっており、多分ですがさっさとやめてしまった家も結構あったのではないでしょうか。

というのも一般民衆の名前として、時代劇やら漫画やらで「〇〇右衛門(えもん)」「〇〇左衛門(ざえもん)」という登場人物が頻繁に登場しますが、実は右衛門・左衛門とは門の左右に立つ番人の役職名です。ということは一定の時期まで「諱」と「通称」が切り分けられていたことになりますが、江戸時代あたりになるとなぜか本名が「〇〇右衛門」の人物の記録が残っていたりします。つまりもともと役職名を「通称」として使っていただけのところ、時代が下ると本名として使われていた、という謎の現象が起きた訳ですね。ということで一般庶民では「諱」と「通称」の切り分けは曖昧で、家によって異なるというフンワリしたオチになります。

門番を意味する役職名が名前に

ちなみに「右衛門」や「左衛門」だけで呼んだらバリエーションがなさすぎということで、個人を特定できるよう1字か2字を前に付ける慣習もありました。いわゆる「権左衛門(ごんざえもん)」なんて名前になっていたのですが、これですと口に出して呼ぶにしては結構長いですよね。という訳で「通称」だったはずの名前がさらに省略され、「権左衛門」の場合には「権左」なんて呼ばれ方もしていたようです。つまり昔の日本では役職名から成る「通称」をさらにいじくり回して呼び合い、さらに気付けば本名として使っていたという、なんだか不思議な慣習があった訳です。

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