安土桃山時代

嘘つき・醜悪・女たらし! | 天下人・豊臣秀吉の豆知識エピソード

身分制度が若干崩壊していた戦国末期という時代だったにしろ、豊臣秀吉は百姓という身分から成り上がり、武力による天下統一という大事業を成し遂げています。その成り上がりストーリーは豊臣家を踏み潰して成立した江戸幕府の統治下でも人気が高く、現代に至っても様々な創作物のテーマとなっています。そんな人気者の秀吉にまつわる様々なエピソードや豆知識を、有名なものからマイナーなものまでいくつかご紹介したいと思います。
安土桃山時代

徳川家康は羽柴秀吉との戦いに挑む | 小牧・長久手の戦い

羽柴秀吉が織田信雄を安土城から追放したことで、庇護者を求めた信雄は徳川家康と同盟を結びます。家康は各地の反秀吉派勢力と結び、強大な羽柴軍との戦いに臨みます。
用語集

荘園とは権力者の領有地

国から貴族や寺社、そして武士に与えられた領有地を指します。権力者によって私有されていた土地を指してはいますが、あくまで朝廷が所有を認めた土地だけが「荘園」とされるところがポイントです。墾田永年私財法が施行された後に開梱された土地が大半ですが、国家に対して功績があった人物に給付される場合もあります。
用語集

公家とは朝廷に仕える上級貴族

朝廷に仕え、天皇の御所に出仕していた上級貴族を総称する単語です。源氏や平氏、そして藤原氏といった元貴族の武士たちが「武家」と自称したため、この武家という言葉に対比する形で「公家」という言葉が用いられています。
安土桃山時代

織田家の後継者決定戦!賤ヶ岳の戦い

清州会議で宿老筆頭の座を羽柴秀吉に明け渡した柴田勝家は、滝川一益らと共に反秀吉派を形成し、戦いを挑みます。ですが前田利家の寝返りによって柴田軍は崩壊し、勝家はお市の方とともに北ノ庄城で自害して果てることになります。
安土桃山時代

織田家の行く末を決める静かな戦い・清州会議

本能寺の変で織田信長と長男・信忠が亡くなってしまったことで、誰が織田家のイニシアチブを握るかという問題が急浮上しています。織田家の行く末を決めるための話し合いの場として、宿老や織田一族が清州城に集まり清洲会議が開催されます。
琉球史

琉球王国を作った男〜尚巴志の物語〜

琉球王国が成立する前まで、沖縄は三人の王によって治められていました(三山時代)。その中の一人が、中山と呼ばれる地域を治めていた尚巴志(しょうはし)でした。彼は後に、この三山時代を統一し琉球王国を築いていきます。
安土桃山時代

羽柴秀吉の中国大返しと山崎の戦い

ほぼ天下人・織田信長が本能寺の変で倒れた頃、羽柴秀吉は中国地方の毛利家攻略の真っ最中でした。そもそも明智光秀は秀吉の応援に向かうという名目で軍を動かしており、そのため京都を通過すると見せかけての襲撃に成功、誰にも邪魔されず信長を討ち取っています。その後秀吉は中国大返しを敢行して疾風のごとく光秀の前に現れ、山崎の戦いで主君の仇に勝利します。
用語集

一揆とは集団で目的を達成しようとすること

集団で1つの目的を持ち、全員で達成のために行動することを「一揆」と言います。農民や一般民衆によって起こされる事件と認識されがちですが、単語としての意味はあくまで集団で目的に当たることを意味しており、身分や手段などは関係なく用いられます。「揆」という文字には「やり方、手段」といった意味があるため、字面的には「みんなで力を合わせて1つのことを!」といった意味合いになります。
用語集

大名とは大きな私有田の所有者

大名という単語は時代によって指し示す範囲が変わっておりますが、基本的には大きな私有田を持つ人物を指して使われます。シンプルな対義語として小名がありますがこちらも時代によって意味が変わっており、江戸時代以降には藩主でありながら所領が5万石以下を小名と呼ぶなど、身分を表す言葉として取り入れられています。