戦乱

戦国時代の時代史

戦国時代4 三好長慶の台頭

三好氏は両細川の乱でも登場していますが、元は細川晴元の一族の家臣を務めている家柄です。四国の阿波(あわ、現在の徳島県)の一部を拠点としていた三好氏出身の三好長慶は、細川家の中で頭角を現して急速に出世し、細川家のみならず室町幕府を牛耳る大物へと成長していきます。
戦国時代の時代史

戦国時代2 両細川の乱 | 細川政元の後継者を巡る氏族内の争い

今回の記事では、明応の政変でクーデターを起こした細川政元が幕府の主導権を握ったその後、細川氏族内の対立から内戦に至るまでをご説明します。 細川政元によって京都内で幽閉されていた義稙でしたが、その後京都からの脱走を成功させ、越前(現在の福井県)に逃げ込みます。そして元将軍の肩書を駆使して味方を募り、京都へのカムバックを目指して挙兵します。
戦国時代の時代史

戦国時代1 明応の政変 | 管領・細川政元のクーデター

応仁の乱があらゆる階層の人間を巻き込んだことにより、日本の在り方が大きく変わることとなりました。幕府の権威が弱まり、半独立状態となった全国各地の守護大名が相対的に力を増しています。 現代の日本史解釈では今回の記事でご説明する「明応の政変」からを戦国期の始まりとすることが多いのですが、当ブログでは国人や守護代の乗っ取りが起こり始めた応仁の乱以降を戦国時代としています。他の資料とは解釈が違う場合があるため、予めご了承ください。
室町時代の人物録

室町時代 足利尊氏という人物後編

後醍醐天皇を無事追い払った足利尊氏でしたが、この頃になぜかまた隠居願望が芽生えてきます。逃げ回った挙げ句に九州で再起し、ドラマチックな勝利を収めて栄華はこれから、といったところでの隠居したい発言です。
室町時代の人物録

室町時代 足利尊氏という人物前編

武士として戦い続けた人生を送り、後醍醐天皇を倒して室町幕府を樹立するという偉業を成し遂げた足利尊氏でしたが、和歌を詠むような文化的な側面を持つ人でもありました。尊氏の生涯を一通り見てみると、戦上手で部下からの信望も厚く、武士としての慣習を重んじ武士達の気持ちを汲み取るという有能な上司の一面がありながら、たびたび全部嫌になって隠居するという妙な人間臭さが垣間見えます。
室町時代の時代史

室町時代5 応仁の乱 | 日本の在り方を変えた10年に渡る戦乱

8代将軍・足利義政の肖像
室町時代の時代史

室町時代2 観応の擾乱 | 足利尊氏・直義兄弟と南北朝が絡み合った内乱

今回の記事では足利尊氏が征夷大将軍に就任し、「観応の擾乱」で部下の高師直と共に足利直義と戦う場面についてご説明をいたします。 ちなみに「観応の擾乱」の擾乱は、「じょうらん」と読み「入り乱れて騒ぐこと」を意味します。こんな言葉が当てられる程、ややこしくて入り乱れた事件となっています。足利尊氏と高師直が足利直義と争い始めたのを皮切りに、南北朝間のイザコザが事件をより大きくしていきます。
室町時代の時代史

室町時代1 室町幕府ができるまで | 足利尊氏流浪の果てに

鎌倉幕府が滅んだ後、後醍醐天皇による朝廷の中央集権体制が始まります。 この期間を室町時代には含まずに「南北朝時代」とするのが一般的ですが、便宜上室町時代における最初の場面とさせていただいています。かなり短いですからね。
鎌倉時代の時代史

鎌倉時代4 宝治合戦と幕府体制の移り変わり | 源氏以外の将軍就任

今回の記事では承久の乱後に、北条氏の主導により幕府統治がより強固なものになっていく流れをご説明します。 源実朝が暗殺されてから承久の乱が起きている間まで、正式な将軍は不在のままとなっています。北条義時は源氏から次の将軍は選ばずに、朝廷から貴族を将軍にするために招くことにしました。
鎌倉時代の時代史

鎌倉時代2 梶原景時の変と比企能員の変

今回の記事では頼朝の将軍就任から死去、その後には幕府の有力な御家人である梶原景時や比企能員が内戦で次々と滅び、そして将軍の権威がなくなっていく場面のご説明をします。