応仁の乱

用語集

足軽とは長槍や鉄砲を武器にして戦った歩兵

平安時代の末期から続く一騎打ちや騎馬兵による弓の打ち合いによる合戦は、室町時代初期頃には段々と廃れ、集団戦闘での決着が主流となっています。兵の数が物を言う集団戦闘が一般化するにつれて足軽という歩兵が重用されるようになり、戦国時代末期の鉄砲伝来により飛躍的な進化を遂げています。
戦国時代

朝倉家3代を支え続けた大黒柱・朝倉宗滴

朝倉家の当主の子として生まれた朝倉宗滴は、主君が3回代替わりしても補佐を続けています。声望を高めた九頭竜川の戦いを始めとする軍事面だけでなく、外交や情報活動・内政など、多岐に渡って辣腕を振るう大黒柱として多大な功績を残しています。
その他考察

日本中世の貨幣事情 | 織田信長の撰銭令

日本中世の貨幣は基本的に輸入モノであり、国産の通貨はほとんど流通していません。また悪銭(ビタ)という一般人が勝手に作った貨幣が経済に混乱をもたらし続け、それを各大名が取り締まる撰銭令に繋がっていきます。そんな中で織田信長は自身の拠点である京都を中心に、経済の安定と発展のために独自の貨幣制度を打ち出します。
戦国時代

戦国時代1 明応の政変 | 管領・細川政元のクーデター

応仁の乱があらゆる階層の人間を巻き込んだことにより、日本の在り方が大きく変わることとなりました。幕府の権威が弱まり、半独立状態となった全国各地の守護大名が相対的に力を増しています。 現代の日本史解釈では今回の記事でご説明する「明応の政変」からを戦国期の始まりとすることが多いのですが、当ブログでは国人や守護代の乗っ取りが起こり始めた応仁の乱以降を戦国時代としています。他の資料とは解釈が違う場合があるため、予めご了承ください。
室町時代

室町時代5 応仁の乱 | 日本の在り方を変えた10年に渡る戦乱

8代将軍・足利義政の肖像